幸せは状態じゃなくて、その状態を幸せだと感じられる、心の在り方のことだと最近つくづく思います。
あれが叶ったら
いい仕事が決まったら
結婚できたら
子どもがいうことを聞いてくれたら
妻が夫が優しかったら
お金があったら
健康だったら
などなど、これ全部状態。
そして、この「状態」を手に入れるために、多くの人は躍起になって生きていると思うんです。
幸せを手に入れるための手段だと信じて。
もちろん、手に入れたい状態のために行動することは、良いことだと思います。
自分が幸せだと感じられる状態にしていこうとするのは、大事なことですし、
きっと自然なことだと思うからです!(ここ、力はいります!)
でも、そのために努力していると気付くんです。きっと。
その状態を手に入れたいと思って必死に努力している時が、実はとても幸せだったこととか
結局、望んだ状態に完璧になることはほぼないし、あっても一時的なもので、永続的に手に入るものじゃないこと。
そして、その努力の過程で、
どんな状態でも幸せを感じられるその在り方こそが、幸せを一番実感できることなんだなと。
しかも、そのことに気づいて、その在り方が会得できれば、常に幸せを感じられるのだから、それ以上頼もしいことってないですよね。
どんな状態でも幸せを感じられる その在り方、、、
口ではサラッというけれど、実際どんな境涯?
それって、どうやって手に入れるの?
すぐに手に入るの?
手に入れるために大変な思いや努力が必要なの?
正直、どれだ、という答えは持っていません。
何かのきっかけで、ガラッとそれを手に入れる(感覚をつかむ?)こともあるのかもしれないし、
具体的な入手方法がわかっているとも言えないです。
それに、急に何かの不幸に遭われたときなどは、とてもその状況を幸せだなんて思えないですよね。
私も、子どもを亡くしたときに「幸せ」なんて思えませんでしたし、
理不尽だー!と思う大きな試練があった時には「幸せ」なんて思えませんでした。
でも、そんなときをも乗り越える、というかダメにならない方法は、そこから学びを得て「感謝」に変わる気付きを得ること、でした。
うん、そう。
「幸せ」と、どうしても思えない状況の時は、まず「感謝」と思えるような気付きを得て、ひたすら幸せになるために(この段階では状態を求めてます、しっかり!)努力してみるんです。「感謝」に変わるまで。
それは何か月かかるかわかりません。もしかしたら何年かかることかもしれません。
でも、怒りや悲しみのまま留まっているよりは、ずっと早いと思うんです。幸せだと感じられる日が来るのが。
とってもつらい状況の時には、そういうプロセスを踏んで、まず「感謝」までたどり着けたら、それで十分、って思っています。
それが、私なりにここまで生きてきて、思うことです。
わたしもまだまだ道半ばで、なかなかその境地には達することができていませんが、
でも、幸せを望んで努力する中に、少しずつだけれど、実感として理解し始めています。
そして、ときどき自問自答することがあります。
自分はどう生きたい?
ただ生きていればいい?
あ、でもただ生きていくのも大変なんですよね。
食べていかなければいけないし、働けば人と関わり、何らかのストレスを感じることに遭遇する確率も大です。
もし働かなくて良い環境だったとしても、何もしなくても、
何もしていないと、人は感情が動かなくなるので、人間としての心が死んでいくかもしれません。それも人間にとってかなりのストレスです。
結局、人は何も望まない、ただ生きられればいい、と思っても、ただ生きるためにもストレスにならない修練が必要そうです💦
だとしたら、
人として生まれたからには、すでに背負っている宿命というか、幸せの感情を求めるというものが誰にでもあるので、そこに沿って生きていくことが大事なんじゃないかな?と思うわけです。
ただ生きるのも大変なら、
どう生きたいか?
どうしたら幸せに生きられるか?を
目一杯考えて、行動して、心を震わせて生きたいと
私は思います。
そう切望するのに、なかなかうまくいってない、苦しみだけがそこにある、という時は、
まず、その心の内を吐き出してみることがいいんですよね^^。
こころの悩みは、呼吸と一緒。
吐き出して初めて、新しい新鮮な空気が吸えるのです。
そうしていくと、何度でも再生し、立て替えて進んでいくことができます。
その新鮮な空気が、幸せや希望や明るい未来へと進む羅針盤になってくれる✨。
華心Daryaのカウンセリングや学びのコースも、そんな羅針盤を上手に機能させたいあなたのためにあります🥰
あなたの未来が、喜びや明るい心や希望のあるものでありますように✨
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