おせち料理にまつわる、自分の固定観念をガラガラ崩してくれた話

わたしが、おせち料理を作らない人生を送るようになった理由

毎年、この時期になると、お節料理が話題になりますね。

何日前から準備する、とか
お姑さんと一緒に作りました!とか
友人のSNS投稿もよく目にするようになります。

こんな時、ああ〜これぞ日本のお嫁さん…としみじみ感じないわけにはいきません。

わたしは、、、

実はおせち料理をきちんと作ったことがありません。

だから、毎年のこのおせち料理談義に参戦できなくて残念な気持ち😅

 

というのは、
わたしの元夫はイラン人で、生のお魚や伝統的な日本の味付けの料理は好きではなく、おせち料理は、日本の伝統料理の極み、ということで、お好みに合わなかったから。

なので、わたしのおせち料理を作った記憶は子どもの頃、

祖父母の家に冬休みから入り浸り、28日ごろからおせちの準備を始める祖母の手伝いで岩石玉子や栗きんとん、煮物を作る下ごしらえなどを手伝った記憶。さやえんどうのヘタをもいだり(これはおせちではないですね(;^ω^)

大晦日の紅白歌合戦を観ながら、まだ準備にいそしんでた!?そんな記憶がおぼろげに、温かく柔らかい家族の記憶として残っています。余談ですが、大みそかの紅白歌合戦が終わってもまだまだ形になっていなかったお正月料理の準備が、朝起きるとすっかり見事に出来上がっていたのは、祖母はどんな魔法をかけていたんだろう?
子ども心に実に不思議でした(笑)

そんなわけで、結婚してからの我が家のお正月は至って普通の食生活でした。

日本人みたいに、御馳走三昧、お客さんが来たら、お寿司🍣というのも全くノーウェルカム( ;∀;)
(だって、生のお魚NGだし)

しいて言えば、

おせちもいいけどカレーもね ♪ の世界。

ハンバーグとか焼肉とかの方が(結局肉!笑)断然テンションを上げてた元夫。

 

そして子どもたちも、おばあちゃんたちの家で(わたしの父母)おせちに馴染む前に、イランに渡った私たちでしたので、そのあとは数年イランのお正月を過ごすことに。

 

ちなみに、イランのお正月は3月21日前後の春分の日。春の訪れにウキウキする頃がお正月です。

ハフトスィーンという7つのSから始まるものを準備して飾りつけをしますが、食事としては特別なものはなかったような記憶があります。。。

まあ、イランでは、お客様が突然来るようなこともしょっちゅうなので、山盛りの果物(日本だと、病気の人のお見舞いに持っていくようなフルーツの盛り合わせ)はいつも食卓にあるし、いつも大人数分のご馳走を作るような風習がありましたから、さほど特別に何かを準備する、ということはないのかもしれません。

この頃の子どもにとって味覚形成には大事な時期で、3つ子の魂百まで、と言われる時期。だからうちの子どもたち、今でもイラン料理は好きです。

が、、、

そんな環境で育った子どもたちですから、当然日本に帰国してからも、おせち料理には一切興味を示さなかったのです(涙)。

母の葛藤始まる

わたしとしては、子どもたち2人と日本で暮らしていくことになった時、日本の伝統的文化を伝えたいのと、自分自身が子どもの頃に経験した、年末忙しくおせちを家族で作り、お正月に集まって食べる、という、お正月の特別な雰囲気を伝えたいのと、自分が味わいたいのとで、張り切って三が日は、おせち(購入したものと、きんとんなどの手作りのミックスで。)とお雑煮を食卓に並べました。が、子どもたちのテンションはダダ下がり⤵

まあ、田作りや煮物は無理もなかろう、とは思いましたが(日本人のワタシだって、子どものころはあまり好きじゃなかったし。)きんとん、伊達巻、お雑煮に至るまですべて玉砕💦

それでも数年がんばって食卓に出してみたものの、全然食べてくれない様子を見て、

ウチにおせちは無理だな、と思い・・・

以来、作らなくなりました。。。。。

 

ハハ、葛藤を手放す。。。

それは、

自分のおせちへの想い、

日本の文化への想い、

自分の子ども時代のような思い出を子どもたちに与えたい、という想い

 

を手放す、ということでした。

たかがおせちと思うかもしれませんが、わたしにとっては結構、意味が深いことでした。

自分のこだわりを手放して子どもたちのありのままを受け入れる、ということだったから。

 

子どもたちに、自分の想いを押し付けずに、俯瞰した目で物事を考えられたのは、やはり心理学を学んでいたから。だから、自分の想いが自分のこだわりで、そのこだわりを子どもに求めることは自分の理想の押し付けで、目の前の子どもはそれを歓迎していなくて(;^ω^)

そこまでして自分が守りたいことは何なんだろう?と考えたからです。

 

心理学、学んでよかった✨

 

というわけで、わたしはちょっぴり寂しさも抱きながら、おせち料理よ、さようなら~と

年末におせちを作るという「思い出体験」を子どもにもさせたい、という想いを手放し、もっぱら2日に親戚一同が集まるその時におせちをご相伴にあずかるようにしています。ここ数年は。

全くの余談ですが、
よく、自分の性格や行動を日本の3大武将に例えることってあると思います。
「鳴かぬなら。。。。殺してしまえ、ホトトギス」
「鳴かぬなら。。。。鳴かせてみよう、ホトトギス」
「鳴かぬなら。。。鳴くまで待とう、ホトトギス」

というアレです。
わたしは「鳴かぬなら。。。鳴かなくていいよ、ホトトギス」
というのが結構好きで(オリジナルです。)

この時も、子どもたちに対して鳴かなくていいよ、を選択したのです。

ただ!!!!!

 

ハハ、葛藤を超えて、進化する

ただ、その価値観、今年はまた進化を遂げそうです✨

すっかりおせちへの想いを手放した自分ですが、やはりお正月におせち、逆に言うと、お正月にしが食べないおせちを元旦から食べることが、とうとう今年は恋しくなったのです。

 

そこで!!
そろそろ子どもたちも大きくなってきて、元旦の朝は大みそかの夜からの友達とのイベントなどで元旦朝にいないことも出てきたので、おせちを楽しむお正月もいいなと思い立ち、お一人様おせちを買ってみたんです。

そして、元旦の朝からおせちとお雑煮が食べられる♪ とひそかにウキウキとしていました。

そんなウキウキを伝えたくて知人に話したら、目からウロコのステキなアイディアをもらったんです。それは、

「イランのおかずも入れたおせち作れば?」

 

な、な、なんと!!

それ!!いいです!!

 

すごい~!

と感動してしまいました。

日本のおせち、わたしが恋しくても子どもが好まないために、作ることや食卓に出すことをあきらめる、という選択をしていたけれど、両方叶える✨って素敵じゃないですか?

 

なんで思い出さなかったんだろう?

 

自分はセラピスト、カウンセラーとして柔軟な考えを
とても大事にしていますが、

本当に盲点、でした。

 

今年は、おせちのお重箱に和とイランのコラボおせちで
新年を迎えたいと思います♪
我が家オリジナル(⋈◍>◡<◍)。✧♡

ばんざーい!🙌

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津守 梨々子

津守 梨々子

離婚後しあわせに生き抜きたい女性の心とキャリアの専門家

行政のひとり親就労自立支援に長く従事し、約4000人の相談をお受けする中、シングルマザーや離婚に悩む女性が幸せに生きていくためには、レジリエンスや社会で生き抜くパーソナルスキルを高めることが重要だと痛感する。

自身も、学びを活かし人生が好転していった経験を持ち、そのスキルと経験を相談の場に活かしたところ、多くの方から、人生が変わったと喜びの声をいただく。のち、オリジナルメソッド化。女性の負けない人生を応援活動中。

プライベートでは、子どもの死や離婚、シングルマザーライフ、セクハラ、パワハラ、職場の人間関係の難しさなど経験し、自らがレジリエンス実践者。

NLPトレーナー/心理カウンセラー/2級キャリアコンサルティング技能士/産業カウンセラー

国際ソロプチミスト「夢を生きる」教育・訓練賞を受賞。困難な女性が人生をしあわせに変えるサポートに取り組み中。

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